韓国ビジネス便利帖より
韓国の概要面積;99,720km2人口;51,047,880人人口密度;511.9人/km2ソウルはというと、面積;605.28km2人口;10,176,560人で、女性が50.5%と僅かに男性を上回っていますが、大体半々とみてよいでしょう。人口密度;16,812人/km2ちなみに、東京23区の面積が621km2で人口約900万人。密度が13,000人/km2ですから、東京23区とほぼ同じ面積のなかにより多くの人がひしめいていることになります。この本のタイトルは「韓国進出日系企業…
韓国ビジネス便利帖
お待たせしました。韓国ビジネス便利帖ができました。在韓日系企業にとって、日本企業のアイデンティティを理解し、日本語でサービスを提供する企業や団体の協力は有り難いものです。これから韓国に進出する企業向けの進出ガイドを作成・発行している機関はいくつかありますが、進出後に必要となる各種情報は先達者の紹介に頼っている事例が少なくありません。在韓日系企業や駐在員を対象に日本語でサービスを提供する企業等の情報をまとめたイエローページがあると便利だろうと考えていましたが、誰もつくってくれそうにないので、PLUXで出版免許を取得し、「韓国進出日系企業;韓国ビジネス便利帖」を作成・発行しました。創刊号の内容は、SJC、ジェトロ、領事部などが日系企業や在韓日本人に提供するサービス。金融・法律・特許・リース・人材紹介・派遣・オフィス機器・オフィス用品・不動産・国内外引越・広告・印刷・販促・ギフト・医療機関・韓国語などのビジネスサービス駐在生活お役立ち情報。在韓日系企業に日本語でサービスを提供する企業や団体情報と駐在員向けの役立ち情報です。定価は8000KRW韓国内の書店で販売しますが、PLUXでも直接販売します。表紙の写真は「韓国の今昔」「韓国の色彩」「韓国の食」です。…

天ぷらとトンカツ
天ぷら
寿司や蕎麦と並ぶ代表的な日本料理ですが、16世紀にポルトガルから伝わったフリッターが直接の起源です。
素材に米粉の衣をつけて油で揚げる料理法は、奈良時代—平安時代には伝わっていましたが、いまと同じような小麦粉を使った「てんふら」が文献に見えるのは17世紀後半からで、てんぷらという名もポルトガル語で調理に関連するtemperarあるいは…

日本の食;カレーライスの話
カレーは、インドやタイなど、東南アジアを中心にさまざまな地域で食べられていますが、日本のカレーは明治時代にイギリスから伝わったcurry…

日本の食;ラーメンの話
日本食のなかには、外国に起源をもつ料…
韓国文化と日本文化
今月のお題は、韓国で生活を始めた時、…

日本食;寿司の起源
イカ、サバ、アジ、カレイ、ホヤなど夏に旬を迎える魚介がいろいろあります。
とはいえ、高温多湿で、ご飯や魚が腐りやすい季節なので、腐りにくくするために酢をまぶした「寿司」が生まれました。
「なれ寿司」は平安時代には食べられていました。
鱗や鰓、内蔵などを取り出し、塩をまぶして一晩おきます。
さましたご飯に魚を入れて、数十日間立つと、ご飯が醗酵して酸味を生じます。
琵琶湖の鮒寿司、秋田の鰰寿司などが有名です。
江戸時代に誕生した「押し寿司」は、酢で味付けし、重石で強く押して一日おきます。
関西では「バッテラ」といい、鯖寿司が有名です。
ほかに京都の鱧寿司や北陸の鱒寿司などがあります。
バッテラは、ポルトガル語のbateira(小舟/ボート)に由来します。
ボートに似ているため、バッテラと呼ばれるようになりました。
「握り寿司」は、江戸の郷土料理(江戸前)でしたが、いまは寿司というと、握り寿司をさすほど定着しています。
昆布で出汁を取った水で炊いたご飯をさまして、酢に塩と砂糖を加えた「あわせ酢」を混ぜます。
この合わせ酢を混ぜた「酢飯」を「舎利」といいますが、もともと仏教の言葉で、サンスクリット語のシャーリ(=米)に由来します。
シャリにのせるネタは、生の魚や貝のほか、だし巻き卵(ギョク)、焼いた鰻や穴子などがあります。
品質が劣化しやすいトロや鮭なども、輸送技術の発達で、生で食べられるようになりました。
ヒラメのエンガワや鮭の脂身は軽くあぶると風味が増します。
寿司ネタは、生の魚介が多いことから、殺菌効果がある…
百済王朝の文化を訪ねて その2
百済(ペクチェ)ゆかりの地をめぐるなら、扶余(プヨ)と公州(コンジュ)の2都市が定番だ。公州はかつて百済の都・熊津(ウンジン)が置かれた地で、475年から538年に扶余(泗沘)へ遷都するまでの間、百済の中心地だった。この記事では、百済文化団地と、公州の公山城・武寧王陵を紹介する。扶余の史跡や百済の歴史については別記事「百済王朝の文化を訪ねてその1」で扱っている。
見どころ1:百済文化団地
17年の歳月と約6900億ウォンを投じて再現された、百済の王宮や寺院を再現したテーマパークだ。当時の文献はほとんど残っていないため、中国・日本の史書や同時代の建造物をもとに、想像を交えて復元されている。厳密な史実の再現というよりは、和・韓・中の様式が入り混じった独特の空間で、一見の価値がある規模の大きさが魅力だ。
園内は、百済後期(泗沘時代)の王宮を再現した「泗沘宮」、寺院エリアの「陵寺」(5層の木塔が見どころ)、身分ごとの住居スタイルを再現した「生活文化村」、そして建国初期の王城を再現した「慰礼城」など、複数のエリアに分かれている。敷地が広いため、主要エリアだけ絞って見学するか、園内シャトルを利用するかを事前に決めておくと効率よくまわれる。
見どころ2:公山城
公州はかつて百済の都・熊津(ウンジン)が置かれた地で、公山城はその王城のひとつだ。朝鮮時代にも山城として使われ続けたため、城内には朝鮮時代の遺構も残っている。城壁沿いに歩くと公州市街を一望でき、四季を通じて眺めの良い散策コースとして親しまれている。
見どころ3:武寧王陵
武寧王陵の発見は、韓国考古学史でも屈指の劇的なエピソードとして知られる。1971年、隣接する古墳の排水工事中に偶然、王陵の入口を示す墓誌石が見つかり、それまで盗掘の被害に遭っていない状態で発掘された。百済25代・武寧王の墓とされ、朝鮮時代の王陵が土まんじゅうが並んでいるだけのことが多いのに対し、武寧王陵は複数の古墳が集まる古墳群のなかにあり、内部を忠実に再現した模型で、当時の墓室の構造や副葬品の配置を見ることができる。出土品の多くは国立公州博物館に収蔵されている。
見どころ4:国立公州博物館
武寧王陵から出土した副葬品の多くが収蔵されている博物館で、入館は無料。金製の冠飾りや耳飾り、中国製の陶磁器など、当時の百済が中国・日本と活発に交流していたことを示す出土品が並ぶ。武寧王陵の見学とあわせて訪れると、古墳の内部だけでは分からない副葬品の細部までじっくり見ることができる。
公州という地名の由来
公州には「熊津(ウンジン)」=「熊(クマ)の渡し場」という古い呼び名があり、これが現在の地名「公州(コンジュ)」の語源になったという説がある。錦江(クムガン)沿いには、この伝説にちなんだ「熊津渡し場公園」もあり、川沿いの散策スポットとして親しまれている。
アクセスとモデルコース
百済文化団地は扶余に、公山城・武寧王陵は公州にあり、両都市はバスや車で1時間弱の距離だ。公共交通機関のみでの移動はやや不便なため、レンタカーか現地発のバスツアーを利用する旅行者が多い。1日目に百済文化団地、2日目に公州の史跡をまわるように、2都市に分けて日程を組むと余裕を持ってまわれる。
よくある質問
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百済王朝の文化を訪ねて その1
扶余(プヨ)は、538年から660年の滅亡まで百済の都・泗沘(サビ)が置かれた地だ。日本と縁の深い古代国家・百済の歴史をたどれる史跡が集まっており、公州(コンジュ)とあわせてめぐるのが定番のコースになっている。
百済と日本の縁
百済は、中国東北部から南下した扶余族の兄弟が建てた国とされる。弟の温祚(オンジョ)が興した「十済」が繁栄し、のちに国名を「百済」に改めたと伝えられる。泗沘に遷都してまもなく、百済の聖王から日本に仏教が伝えられ、以後、百済と倭朝廷の交流が続いた。
660年、唐・新羅の連合軍によって百済の義慈王が捕らえられ、百済は滅亡する。このとき日本にいた百済王子・扶余豊璋を擁立して百済を復興しようと、倭朝廷は大軍を派遣したが、663年の白村江(はくすきのえ)の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。この敗北により、多くの百済の王族・貴族・技術者が日本に亡命し、当時の日本の律令制度や仏教文化の発展に大きな影響を与えたとされる。倭朝廷はその後、唐・新羅の脅威に対抗するため急ピッチで国家体制を整えていく。これが大宝律令(701年)へとつながる、日本古代史の大きな転換点でもある。
見どころ1:定林寺跡
百済泗沘時代を代表する寺院の跡地で、建物は残っていないが、当時のまま立つ五層石塔が見どころだ。隣接する定林寺址博物館では、発掘調査の成果や、かつての伽藍の様子を伝える展示を見ることができる。
見どころ2:扶蘇山城
百済最後の王城とされる山城で、山道を登りながら扶余市街を一望できる展望スポットが点在する。城内には、百済滅亡の際に王宮の女官3000人が身を投げたと伝わる「落花岩」もある。この逸話の真偽には諸説あるが、百済滅亡の悲劇を象徴する場所として語り継がれてきた。
見どころ3:宮南池
百済の王宮に付属していた庭園池を復元した史跡で、韓国最古の人工池のひとつとされる。「三国遺事」には、百済30代・武王(幼名:薯童=ソドン)が、この池のほとりで生まれたという伝説が記されている。薯童が新羅の善花公主に恋をし、機知に富んだ童謡を広めて公主を妻に迎えたという「薯童説話」は、韓国で広く知られる古代の恋物語だ。夏には池を埋め尽くすハスの花が咲き、扶余の夏の風物詩として知られる「薯童蓮꽃祝祭」の会場にもなる。四季を通じて散策コースとして親しまれている。
アクセス
扶余へは、ソウルの高速バスターミナルから直行バスで2時間半ほど。市内の見どころは、定林寺跡・扶蘇山城・宮南池のいずれも扶余邑内に集まっており、レンタサイクルや徒歩でまわることもできる。公州とは車で40分ほどの距離で、あわせて1泊2日でまわる旅行者が多い。
年表:百済滅亡前後の日本
百済滅亡から大宝律令制定までの日本史は、この時代の東アジア情勢と深く連動している。
593年 十七条憲法(聖徳太子)
645年 大化の改新(中大兄皇子)
660年 百済滅亡
663年 白村江の戦い(扶余豊璋・中大兄皇子)
681年 律令の制定に着手(天武天皇)
689年 飛鳥浄御原令(持統天皇)
701年 大宝律令
よくある質問
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江南・三成洞のスポット
江南(カンナム)・三成洞(サムソンドン)エリアは、COEXモールを中心に、カジノや水族館など、家族連れからカップルまで楽しめる屋内型の観光スポットが集まっている。天候に左右されにくいのも利点で、雨の日の旅程にも組み込みやすい。
見どころ1:セブンラックカジノ江南コエックス店
外国人専用のカジノで、パスポートの提示があれば韓国人以外は誰でも入場できる。3フロアにわたる広いフロアに、テーブルゲームとマシンゲームをあわせて200台以上を備え、COEXという立地から、ホテルや免税店、シネマコンプレックスと合わせて訪れる観光客も多い。VIPルームにはバカラ・ルーレット・ブラックジャックなどのテーブルがあり、マッサージチェアなどの設備も備える。バカラはルールがやや複雑なため、初めての場合はブラックジャックなど分かりやすいゲームから試すのもひとつの方法だ。
見どころ2:COEXアクアリウム
COEXモールの地下にある大型水族館で、川魚から世界各地の海の生き物まで、幅広い水槽展示を楽しめる。館内は40近いテーマゾーンに分かれており、アマゾンの熱帯魚エリアから、サメが泳ぐ大水槽、幻想的なライトアップが施されたクラゲ(ジェリーフィッシュ)ゾーンまで、変化に富んだ構成になっている。じっくりまわると1時間半〜2時間ほどかかる規模で、写真映えするエリアも多いことから、雨天時や猛暑・厳寒期の観光先としても人気がある。
周辺エリア:COEXモールと星の広場図書館
アクアリウムとカジノがあるCOEXモールには、ショッピングフロアやシネマコンプレックスも入っており、1日中滞在しても飽きない複合施設になっている。なかでも「星の広場(ピョルマダン)図書館」は、吹き抜けの壁一面に本棚が並ぶ開放的な空間で、2017年のオープン以来、ソウルを代表する写真映えスポットのひとつになっている。入場は無料で、毎日10時30分から22時まで開いている。
アクセス
地下鉄2号線・三成駅、または9号線・奉恩寺駅からCOEXモールへ直結。江南エリアの中心部からも近く、ソウル市内観光の合間に立ち寄りやすい立地だ。
よくある質問
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仁寺洞から楽園商街
仁寺洞(インサドン)をひと通り歩いたら、少し足を延ばして「楽園商街」まで散策するのもおすすめだ。骨董品街とは違う、韓国ならではの専門店街の雰囲気を味わえる。
仁寺洞:韓紙や書道具の店
仁寺洞には骨董品店だけでなく、韓紙(韓国の伝統的な和紙)を扱う店や、筆・墨などの書道具を専門に扱う店も点在する。古くからの伝統と、今どきの雑貨店が混在しているのが仁寺洞らしさで、何度訪れても新しい発見がある街だ。
見どころ:楽園商街の楽器街
仁寺洞を南へ抜け、大きな交差点を過ぎたあたりに立つのが「楽園商街」だ。建物の1階を道路が貫通するピロティ構造が特徴で、2階・3階に楽器専門店が集まっている。2階はギター専門店が中心で、よく見るとバイオリンや音響機器、ドラムを専門に扱う店もある。3階はピアノをはじめ、さまざまな楽器店が集まる。音楽好きにとっては、見て歩くだけでも楽しい一角だ。周辺にはトック(韓国餅)を売る店も点在する。
グルメ:韓定食の路地
楽園商街から仁寺洞方面に戻り、安国駅の方向へ歩く途中、大通りに出る少し手前の路地を入ると、伝統的な建物の韓定食店が並ぶ一角がある。伝統的なしつらえの店内で、家庭料理をベースにした韓定食を手軽に楽しめる。
モデルコース
曹渓寺での参拝から仁寺洞の散策、楽園商街の楽器街めぐりまでを含めると、半日コースになるボリューム感だ。音楽や楽器に興味がある同行者がいれば、楽園商街もぜひコースに組み込みたい。
よくある質問
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曹渓寺から仁寺洞
ソウルの中心部で半日ほど散策するなら、鐘閣(チョンガク)駅からほど近い曹渓寺(チョゲサ)と仁寺洞(インサドン)のコースがおすすめだ。徒歩で無理なくまわれる距離にあり、寺院・伝統文化・骨董品街と、異なる魅力を一度に楽しめる。家族や友人と半日だけ時間があるときにも組みやすい、ソウル定番の散策コースだ。
見どころ1:曹渓寺
大韓仏教曹渓宗の総本山で、ソウル中心部にありながら常に多くの参拝者でにぎわう寺院だ。本殿には釈迦仏・薬師仏・阿弥陀仏が安置されており、参拝の後は境内の売店に立ち寄る人も多い。売店では、湯を使わず水で長時間かけて抽出する「ダッチコーヒー(水出しコーヒー)」を扱っており、まろやかな味わいが人気だ。鐘閣駅・安国駅のどちらからも徒歩圏内で、日本大使館領事部からも近い立地にある。
見どころ2:仁寺洞
骨董品店が軒を連ねる通りとして知られ、外国人観光客でにぎわうソウル屈指の観光エリアだ。表通りには土産物店やカフェが並ぶ一方、一本路地を入ると、古美術品や書画を扱う昔ながらの店が今も営業を続けている。伝統と今どきの店が入り混じった独特の雰囲気が仁寺洞の魅力だ。
モデルコース
まず曹渓寺で参拝し、境内の売店で一休みしてから仁寺洞へ。表通りだけでなく、脇道にも足を延ばすと、また違った表情の仁寺洞に出会える。仁寺洞から先に足を延ばす場合は、韓紙店や楽器街が集まる「楽園商街」もあわせて訪れるのがおすすめだ(別記事で紹介)。曹渓寺での参拝から仁寺洞の散策まで含めて、半日あれば無理なくまわれるボリューム感だ。
アクセス
曹渓寺の最寄り駅は地下鉄1号線・鐘閣駅、または3号線・安国駅。仁寺洞は両駅のちょうど中間あたりに位置し、徒歩でつながっている。
よくある質問
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