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イベント企画 津波防災
- 2012/11/13
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広告代理店に勤務していたころ、三陸の防災PRを担当していました。
三陸の地形も津波対策もすべて把握していますので、津波のあと、一度も訪れる機会はありませんでしたが、被害状況は手に取るように判ります。
三陸で津波防災が早くから進んでいたのは、田老町と大船渡湾です。
田老町は、慶長の地震と、明治29年の明治三陸地震、昭和8年の昭和三陸地震に伴う津波で壊滅的な被害を受け、高さ10メートルの巨大な防潮堤が作られました。
この防潮堤は昭和35年のチリ地震津波から町を守りました。
その昭和35年のチリ地震津波を参考につくられたのが大船渡湾の湾口防波堤です。
湾の入口に防波堤を築き、津波を軽減させる効果を狙ったものです。
釜石湾と久慈湾にも湾口防波堤が整備されましたが、宮古市は地形的要因から整備が遅れていました。
この津波対策にも関わらず、昨年の東日本大震災では、多くの尊い生命が失われました。
三陸の津波防災に参画した専門家は、防災は100年に一度の災害を想定するか、1000年に一度の災害を想定するかで対策が変わると言っていました。
明治29年の明治三陸地震の津波は高さ最大38メートル。
昭和8年の昭和三陸地震は最大28メートル。
昭和35年のチリ地震津波と昭和43年の十勝沖地震は6メートル。
昨年の東日本大震災では最大40メートルの津波が三陸沿岸を襲いました。
明治29年の津波を参考に対策をしていれば被害を少なくできたのではという感もありますが、100年に一度あるかないかという災害を想定した対策は予算や自然破壊などの問題もあり、限界があります。
被災者の冥福を祈るとともに、教訓が生かされるように願っています。