
アイデアが生まれるとき
フィクションの世界では、トイレでアイデアがひらめくとか、ベッドのなかで思いつくという話もありますが、そういうことはありません。まずはデスクの前で、アイデアラッシュをします。できるかどうかは考えず、いろいろ書き出してみます。それから、散歩に出かけて、戻ってきてから企画書にかかります。散歩と言っても、市場調査ではありません。ぶらぶら歩きのこともあれば、誰かとおしゃべりをしに行くこともあります。情報収集ですが、広告企画では多くの場合、必要な情報はクライアントからもらいます。資料でもらうこともあれば、ヒアリングのみの場合もあります。消費者の視点での売り場チェックは、広告プランナーの性(さが)で、買い物のときにチェックする習慣ができてしまっていますし、ニュースを見るときも、アイデアのヒントを探す癖がついてしまっています。それまでチェックをしたことがない商品の場合は、アイデアラッシュの前にチェックしますが、B…

企画するということ
マーケティング担当、広告担当といわれる人のなかには、テレビの番組表や新聞などの料金表を見て、CMや広告の出稿を手配して、広告を企画したと思っている人が少なくありません。それ自体は悪くないのですが、なぜ、このテレビ局の、この時間帯に出稿するのか。なぜ、他の局ではないのか、なぜ、他の時間帯ではないのか。明確に答えられれば良いのですが、曖昧だったら企画とは言い難いです。企画力は鍛えることができます。消費者の視点に立って、消費者が何を求めているか、どういう行動を取るのかを調べたり、考えたりして、整理する。この繰り返しを行うと、どんどん鍛えられていきます。消費者の行動は、自分が消費者の立場になって、行動するとよく見えてきます。カメラを売るのであれば、カメラ雑誌を見て、売り場に足を運びます。化粧品や衣料であれば、ファッション雑誌を見て、売り場に足を運びます。食品も小売対象であれば、売り場が良いでしょう。販売者として足を運ぶのではなく、消費者の立場で見ることが大切です。雑誌ではトレンドが見えてきます。売り場では、消費者が自社商品に手を出しやすい環境かどうかが見えてきます。インターネットの情報収集は諸刃の剣です。情報が入手しやすい反面、信憑性の検証も必要です。検索結果のなかには、客観性に欠ける情報や古い情報も少なくありません。ソウルに来て3年間、日本料理店や居酒屋と付き合ってきました。どうすれば、もっと酒が売れるかという相談をよく受けていました。商談は営業時間帯を外しますが、販売を考えるときは、営業時間帯に客として訪問すると、いろいろ見えてくるものです。一般にテーブルPOPが効果的といっても、実際に料理が並ぶと、そのPOPを置くスペースがなかったり、提案している商品と客層が違ったり。客として訪問してはじめて気づくことが少なくありません。…

広告企画 ターゲットの選定
以前にも書きましたが、販売•広告企画では、まずはターゲットを選定し、それぞれのターゲットに合わせた展開が大切です。高度経済成長時代には、多額の経費を投入して、全方位の広告展開がなされていました。経費が存分に使えるのであれば否定はしませんが、無駄が多くなります。たとえば、ソウルにある商品を韓国全土に向けてPRしても、ソウルでしか買えないのであれば、ソウル以外の広告費が無駄になるだけではなく、どこでも買えないというクレームにもなりかねません。ターゲットの選定で、心がけているのは「消費者の視点」です。B…

三陸観光PR
かつて、三陸沿岸の観光PRの提案をしたことがあります。岩手県釜石市は、第3セクターで観光遊覧船「はまゆり」を保有していました。観光シーズンに遊覧船として運行する傍ら、釜石港の港湾整備に従事する作業員の送迎にも使われていましたが、オフシーズンは、朝晩の送迎だけ。そこで、この観光遊覧船「はまゆり」をチャーターして行う座談会を実施しました。観光客の多くは、「線」または「面」で観光地を訪れます。一方、観光PRは、各自治体が独自に「点」で行っています。近隣自治体が連携し、共同でPRすることが大切と考えていましたので、三陸沿岸の市町村の観光関係者を集めて、洋上座談会を提案しました。港に停泊中の船を使ったイベントはよくありますが、航行中の船上でのイベントは、少なくとも東北でははじめての企画です。沿岸の各市長が壇上に上がり、三陸を線で繋ぐ観光について意見を交わします。客席では、各市町村の観光関係者が、市長たちの考えを聞き、質問をしたり、自分の考えを述べたりします。そして、連携して行う観光PRを探ろうという座談会です。釜石港を出港して宮古港まで約1時間半、洋上から三陸海岸を観光します。宮古港で昼食をとったあと、釜石港に戻りますが、その間に座談会を行うという企画です。当日は、風が吹いて海が荒かったのですが、航行に支障はないという船長の判断で決行しましたが、船酔いが続出。万一に備え、船の動きに合わせて、国道に救援車両を走らせていたのですが、主催者の1人が船酔いでダウンし、大槌港に船を付けて、結局、2人のスタッフを上陸させました。帰りには、某市長の代理で来ていた助役がダウンし、トイレに籠ったままでしたが、途中、イルカの群れが船と並走。また、海からの景色をはじめて見たという人が大半で、議論が活発になり、釜石湾内に着いても終わることなく、しばらく、湾内を廻っていました。この手の企画としては成功の部類に入るでしょう。この観光遊覧船「はまゆり」は、東日本大震災のときに、点検整備中のドックで津波に襲われて陸上に打ち上げられ、被災から2ヶ月後に解体されました。…

イベント企画 津波防災
昨年3月、東日本大震災に伴う津波で、三陸沿岸は甚大な被害を受けました。広告代理店に勤務していたころ、三陸の防災PRを担当していました。三陸の地形も津波対策もすべて把握していますので、津波のあと、一度も訪れる機会はありませんでしたが、被害状況は手に取るように判ります。三陸で津波防災が早くから進んでいたのは、田老町と大船渡湾です。田老町は、慶長の地震と、明治29年の明治三陸地震、昭和8年の昭和三陸地震に伴う津波で壊滅的な被害を受け、高さ10メートルの巨大な防潮堤が作られました。この防潮堤は昭和35年のチリ地震津波から町を守りました。その昭和35年のチリ地震津波を参考につくられたのが大船渡湾の湾口防波堤です。湾の入口に防波堤を築き、津波を軽減させる効果を狙ったものです。釜石湾と久慈湾にも湾口防波堤が整備されましたが、宮古市は地形的要因から整備が遅れていました。この津波対策にも関わらず、昨年の東日本大震災では、多くの尊い生命が失われました。三陸の津波防災に参画した専門家は、防災は100年に一度の災害を想定するか、1000年に一度の災害を想定するかで対策が変わると言っていました。明治29年の明治三陸地震の津波は高さ最大38メートル。昭和8年の昭和三陸地震は最大28メートル。昭和35年のチリ地震津波と昭和43年の十勝沖地震は6メートル。昨年の東日本大震災では最大40メートルの津波が三陸沿岸を襲いました。明治29年の津波を参考に対策をしていれば被害を少なくできたのではという感もありますが、100年に一度あるかないかという災害を想定した対策は予算や自然破壊などの問題もあり、限界があります。被災者の冥福を祈るとともに、教訓が生かされるように願っています。 …

広告企画 ボウリング
かなり前の話ですが、ボウリング場から依頼を受けたことがあります。このボウリング場では、売上が落ち込んでおり、新しい層を取り込むため、レディースデイを設けたり、近隣の企業を精力的に回って利用券を配ったりして、新規利用者数の取り込みに努めていますが、その割に売上が回復しないという相談です。ボウリング場の売上は、貸靴、ゲーム、ドリンクや菓子で構成されています。貸靴売上は、ほとんど変わらないので、利用者数は落ち込んでいないと判断しました。一方、ゲーム売上とドリンク売上は、減少しています。ゲーム売上は、1人当たり1ゲームいくらで課金します。ゲーム売上が減っているのは、一人当たりゲーム数が減っているということ。また、ドリンク売上が落ちているのは、滞在時間の減少を意味します。売上減というと、集客を増やすことを第一に考えがちですが、ボウリング場は利用する層も時間帯も限られています。利用者が減っていない以上、集客よりも客単価アップを図る方が有効です。そこで、ゲーム数を増やし、客単価をアップする方法を提案しました。ゲーム数が増えれば、ゲーム売上はアップしますし、自然に滞在時価も伸びて、ドリンクの売上にも繋がります。そこで、ゲーム数が増えるほど、ゲーム単価が安くなるXデーを設けました。ボウリングは、1人当たり平均2〜3ゲームです。4〜5人でボウリング場に行っても、体力に差があるので2〜3ゲームであがりたいという人が出てくると、その人に合わせて、皆、ゲームを終わらせます。でも、そのXデーだけは、先に上がる人もいますが、続ける人もいます。先に上がった人は、ドリンクを買って応援を続けます。その習慣が出来ると、ゲーム数もドリンクも増えだろうと考えたのですが、ずばり的中。はじめは、Xデーだけがゲーム数もドリンク売上も伸びましたが、徐々に他の日にも波及しました。…

広告企画 食品PR
日清がカップヌードルを売り出したとき、販売はふるいませんでしたが、ヒットする要因になったひとつが浅間山荘事件といわれています。カップヌードルの発売は1971年9月、その5ヶ月後に浅間山荘事件が起こりました。浅間山荘事件はリアルタイムで放送されましたが、機動隊員が、平均気温マイナス15度の寒さのなか、配給されたカップヌードルをおいしそうに食べるシーンが全国に放送され、知名度がアップして、ヒット商品になったといわれています。寒いなかで温かいラーメンを食べるシーンは、ラーメン好きの日本人には、言葉がなくても、十分においしさを伝える映像になります。日清も広告会社もまったく意図しなかった映像がヒット商品を生み出しました。ワインやチョコに含まれるポリフェノールが身体に良いとされて、ワインブームが起こりました。フランス人は、肉やバター、チーズなど脂肪分の多い食事を摂る割に、心臓疾患が少ない「フレンチ•パラドックス」から、フランス人がよく飲む赤ワインに含まれるポリフェノールが注目されたのがきっかけです。ワインやチョコレートは、ポリフェノールが多く含まれていますが、野菜や果物、緑茶など、ポリフェノールを含んでいる食品も多いので、わざわざチョコレートやワインを摂る意味が薄いことが、さまざまな検査で明らかになっています。そうはいっても、ワインやチョコレート、コーヒーなどは嗜好品です。きっかけはともかく、気に入って継続摂取に繋がれば、PRとしては成功の部類に入るでしょう。食品PRで好きなコピーがあります。「チョコレートは明治」明治以外にもチョコレートをつくっている会社は多く、日本国内一位の明治のシェアは、4分の1程度ですが、とてもわかりやすいコピーですね。ちなみに、日本国内のチョコレート大手は、明治、ロッテ、森永、グリコの4社で、70%を占めています。韓国では、チョコレートの消費はまだまだ少ないのですが、2009年1300億Wに満たなかった市場が、今年は2000億Wと予想され、今後の成長が見込まれているひとつです。 …

広告企画
広告を考えるときのポイントです。以前も書きましたが、まずは、ターゲットと目的をはっきりさせることが重要です。広告プランナーになったころは、スポンサーが決めた媒体に出稿するデザインやコピーの提案が主でした。テレビ局や新聞社が、スポンサーに営業活動をして、スポンサーと各媒体の間で、広告出稿が決まります。その媒体に出稿する内容を提案します。そして、採用された内容に沿って、素材を集め、制作に取りかかります。次には媒体提案。商品PRする方法として、テレビが良いか、ラジオが良いか、新聞広告、折込みチラシなど、最も効果的で効率的な広告媒体を、データともに提案します。採用された媒体に合わせて制作に取りかかります。いまは、PR戦略の提案にかわってきています。まず、はじめにPR戦略を組み立てます。それから、広告展開を検討します。そして、最後に媒体を選びます。まずは、消費者動向を検証して、ターゲット層と目的をはっきりさせます。それから、PR戦略企画に進みます。消費者動向の検証というと、データを求める企業も多いので、データを探すこともありますが、PR企画で、データを参考にすることは少ないです。入手できるデータは、たいてい過去のもの。消費者はデータで商品を買わない。という二つの理由からで課題の抽出としては有効なこともありますが。…

広告企画 つづき
広告企画で、一番、大切にしていることは消費者の視点を失わないことです。これは、B…

ソウルの日本人
韓国の領事部に在留届けを提出している日本人は約3万人。届け出ていない人もいるので、韓国に居住している日本人は4万5千人前後だろうといわれています。多くがソウルと近郊に居住していると思われます。親しくお付き合いいただいている日本人の多くは駐在員です。日本企業から韓国の子会社や支店、合弁企業に赴任した方。所属している日本企業から韓国の提携先に出向している技術者など。韓国企業で働いている人たちも少なくありません。日系企業や日本企業と取引がある法律事務所や会計事務所で、企業と弁護士のパイプ役となっている方々で、日系企業の駐在員として来韓し、韓国でのビジネスに精通し、転職した方が多いようです。日本企業が韓国でビジネスをする際の諸問題には、駐在を経験した人でないと理解できないことも少なくありません。韓国の金融機関=銀行で働いている人が2人います。外資系企業との取引が多い外換銀行と新韓銀行で、いずれも日系企業の銀行取引をサポートしています。いずれも家族の関係で韓国在住が長い方々です。観光関係では、日本人の利用が多い特級ホテルには、日本人団体客などのサポートや営業活動を行う日本人スタッフがいますし、観光公社をはじめ、観光情報を発信する会社などで、日本語の情報発信をしている人もいます。駐在ではなく、直接採用が多いようです。日本料理店や居酒屋のスタッフ、ホテルの日本料理長とは、前職の関係でお付き合いいただいています。派遣で来韓した人、語学留学で来た人など経緯はさまざまです。いそうでいないのが医療関係。日本人スタッフがいる病院もありそうですが、付き合いはありません。病気の相談は母国語が安心で、在日韓国人医師がいる病院に通っています。…

閑話休題
今日は休日なので閑話休題。いま住んでいるのは龍山区梨泰院2洞。南山の麓に造られた住宅地です。梨泰院は、外国人が多い街として知られています。このところ、明洞は中国人旅行者で占領されている感がありますが、梨泰院は欧米系の人が多いです。実際、週末に6号線に乗っている「外人」は、ほとんどが梨泰院で降ります。この街の起源ですが、19世紀末に清国が龍山に駐留し、20世紀に入って旧日本軍が駐屯地を置きました。戦後、旧日本軍の駐屯地は米軍の基地となり、その米軍基地に隣接する梨泰院に、米軍相手の商売をする店が集まってできた繁華街です。治安が悪い時期があったそうで、韓国人のなかには、いまでも梨泰院を嫌がる人もいますが、いまは、ほかの地域とそう変わりません。街の中心にハミルトンホテルがあり、緑莎坪駅から漢江鎮駅まで続くメインストリートには、インド、ギリシャ、タイ、スペインなど、さまざまな国の料理店があり、雑貨の店や屋台が並んでいます。ハミルトンホテルの近くには、在ソウル日本人の間でも人気の焼餃子が食べられる店が有ります。京都風にいうと、ハミルトンホテル下がる一筋西入るといったところでしょうか。Jonny…

写真を撮る〜子どもと動物
子どもと動物の写真は難しいといいます…