なぜ韓国の鉄道は左側通行なのか ── 道路は右側になった経緯【2026年版】
韓国では道路は右側通行、鉄道は左側通行という組み合わせになっている。同じ国のなかで向きが食い違っているのは、道路と鉄道がそれぞれ別のタイミングで向きを変え、鉄道だけが変えないまま残ったからだ。ここではその経緯と、そもそもなぜ世界で左右が分かれたのかを整理する。
韓国はもともと右側通行だった
意外に思われるかもしれないが、韓国の出発点は右側通行である。1903年、大韓帝国が皇帝用の自動車を導入した際に歩行者・車馬とも右側を通ることとされ、1905年には「通行法」として制度化された。
1921年、左側通行に変わる
これが左側に変わったのは1921年のことだ。朝鮮総督府が日本と同じ方式に揃え、歩行者・車馬・列車のすべてを左側通行とした。日本の鉄道が左側通行であるのと同じ理由がここで持ち込まれ、朝鮮半島に敷かれた鉄道も左側で運行されることになる。
1946年、車だけが右側に戻った
1945年の解放後、米軍政期の1946年に車両の通行が右側に変更された。アメリカと同じ向きに揃えた形である。
このとき変わったのは車だけだった。歩行者の左側通行はそのまま残り、鉄道も左側のまま据え置かれた。歩行者についてはその後長く左側通行が続き、右側に統一されたのは2010年である。
つまり現在の「道路は右、鉄道は左」という組み合わせは、1946年に車だけが向きを変え、鉄道が変わらなかった結果ということになる。鉄道は線路・信号・車両基地まで含めて向きが決まっており、あとから反転させるのは道路の比ではない。
そのため今も、韓国鉄道公社(KORAIL)が運行する路線は左側通行、ソウル交通公社が運行する地下鉄は右側通行という違いが残っている。実際の乗り換えでどう効いてくるかはソウルの地下鉄で左右どちらの改札に入るかで扱っている。
そもそもなぜ左側通行が生まれたのか
左側通行は馬車鉄道に由来するといわれている。右利きの御者が御者台の真ん中に座って鞭を振り上げると、鞭が荷台に当たって荷物を傷めてしまう。御者が御者台の右側に座ると左側通行のほうが視認性がよかったため、馬車や馬車鉄道は左側通行を採用した。その馬車鉄道を引き継いだイギリスの鉄道も左側通行となる。
日本でも江戸時代には左側通行が主流だったとされる。右側通行だと左腰に下げた刀の鞘が触れ合ってしまうためだ。イギリスから鉄道を導入した際にもこの向きが引き継がれ、日本では鉄道も車も左側通行になった。
右側通行はナポレオンから広がったといわれる
一方、右側通行を採用したのはナポレオンだといわれている。左利きだったからという説もあるが、銃を持っての行進では右側通行のほうが有利だったという説のほうが有力とされる。
ナポレオンが支配した地域は右側通行となり、アメリカ独立戦争でフランスがアメリカを支援したことから、アメリカも右側通行になったといわれる。第二次大戦後、アメリカやフランス、ドイツから車を輸入した国々が右側通行を採ったのも、この流れの延長にある。
よくある質問
韓国の鉄道はすべて左側通行ですか
いいえ。韓国鉄道公社(KORAIL)が運行する路線は左側通行だが、ソウル交通公社が運行する地下鉄は右側通行だ。両者が直通する区間では途中で向きが入れ替わる。
道路が右側なのに鉄道が左側で、危なくないのですか
鉄道は専用の線路を走り、信号や分岐も向きに合わせて設計されているため、道路と向きが違っても運行上の問題はない。日本も道路と鉄道はともに左側だが、世界には両者が異なる国がいくつもある。
歩行者はどちら側を歩けばよいですか
右側だ。韓国では2010年に歩行者の通行も右側に統一された。エスカレーターや階段の案内表示も右側基準になっている。
・旧ソウル駅舎(文化駅ソウル284)── 1925年竣工の赤レンガ駅舎


